わたしが「子ども」に求めること 

Oct 21, 2020

※今回のコラムはちょっと挑戦的というか、あまり言葉を選ばずまっすぐな気持ちを書いてしまったので、気を悪くされる方がいらっしゃるかもしれません。
あくまでも私個人の考え方として捉えていただけたら、嬉しいです。

こんにちは、小麦です。毛布のぬくぬくが気持ちよい季節になりましたね。
寒いのは得意ではないですが、温かい飲み物でほっとひと息つくことにも幸せを感じます。

さて、小麦ですが現在妊娠6ヶ月(もうすぐ7ヶ月目)に突入しております。
コラムで話すことではないかな、と思ったのですが、今回の気づきのきっかけなのでさらっとお伝えしました。

自分が親になるかもしれないと分かってから、自然とテレビや広報誌などの「保護者→子どもへの想い」といったテーマに目がいくようになりました。
そこでは、多くの保護者が自分の子どもに対して、
 「元気で、明るくて、みんなに優しくできる子になってほしい」
「人とのつながりを大切にして、感謝できる子になってほしい」
「いつも笑顔で、友達をたくさん作ってほしい」
といった様々な「願い」を込めていらっしゃることに気づきました。

正直わたしはこれを見て、
「わー、みんなこんなにたくさん願いがあるんだ!」
とびっくりしてしまいました。 
と同時に「わたしは世間のみなさんとは少し違うのかもしれないなあ…」と感じたのです。

今のわたしは、 
「無事に生まれてくれたら。生きててくれたら。生まれてくれるだけで嬉しい。」 
「どんな子に育ってもいいし、どんな子であっても一緒に乗り越えていけばいいし、楽しめたらいいなあ」
と思っています。
(余談ですが、雑誌などを見ていても、わたしは知育玩具などにも全く興味がないことにも気づきました(笑) 
きっとこれも「遊びたい物で遊んだらいいかな」と思うし、「いち早く何かできるようになってほしい」とも思っていないようなのです。)

実はこの「おどろき」の出来事を通して、思い出したことがあります。
わたしは小学校で働いているときも、周りの先生と比べると、
「勉強が全てではない」
「学校に行きたくない時があってもいいじゃない」
って思う気持ちが強かったように思います。

また、運動会や学芸会も勝ち負けやクオリティより、
「この子が参加することに意義がある」
「本人が頑張りたいことを本人なりに精一杯頑張ることができたら満点」
というような感覚を持っていました。

現役時代はそれが「私は先生らしくない」と自分でも思っていて、他の先生と比べて悩んだり苦しんだりする原因の一つでもありました。
けれども、今回自分の子どもに対して感じていることが、教師をしているときに感じていたことと同じように感じていることに気づき、これが「わたし」なんだなあ、と気づくことができました。
他の人とはちょっとだけ違う部分に対しても情熱がある「わたし」に気づき、そんな自分との出会いを通して過去の「らしさ」にしばられていた部分にも気づけたのです。

もちろん、先ほど書いた他の保護者の「願い」に対して
「自分の子どもに願いを持ちすぎだ」とか、
「早期教育はおかしい」などと批判しているわけでは決してありません。
それぞれの人に「想い」があることが当然ですし、そうやって「想い」があってもなくても一人ひとり大切に育てられていると思うので、どの子も幸せだと思います。

もしかしたら「子育てを楽観視しすぎだ」と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが…。
私は他の人たちの「想い」を通して「わたし」の感覚は周りとはちょっと違うんだな、という「私に還る」発見をしたのだと思います。
コラムのタイトルにもある、「わたしが「子ども」に求めること」はある意味「ない」のかもしれません。

だからこそ
「「わたし」は何を大切にしたいのか」
「どんなことを子どもと一緒にやりたいのか」
少しずつ自分なりの方法を見つけていきたいです。

2020-10-21 | Posted in YOUKYOUコラムComments Closed 

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